認知障害のある高齢者の褥瘡について

[公開日]

中條俊夫

褥瘡会誌 (Jpn J PU), 16 (2): 144-149, 2014

Pressure ulcers of the elderly with dementia

Toshio Nakajo. MD

Abstract

   In order to clarify the relationship between pressure ulcers and dementia in the elderly, analyses were performed in elderly patients with pressure ulcers but without unconsciousness, paralysis, or light dementia. These analyses involved comparison between a group with normal intellectual ability (340 cases, normal group) and a group with severe dementia (44 cases, dementia group). Between these two groups, there were no statistical significant differences in the topographical occurrence ratio of pressure ulcers. Pressure ulcer risk scales (Braden and OH) and many elements of these scales were significantly worse in the dementia group than in the normal group. For sacral intractable pressure ulcers, cushions made of gel, bubble wrap, and others that fill the atrophied gluteal muscle are effective to cure pressure ulcers more smoothly.

Key words: pressure ulcer of elderly with dementia, risk scale (Braden and OH), turtle-shaped bubble wrap cushion, clam-shell-shaped Mottie cushion, gel cushion

要旨

 認知障害と褥瘡の関係を正確に示すために、褥瘡を保有した自験例1243症例のうち、意識障害のある症例および軽度認知障害者を除外した認知機能正常者384例と重度認知障害者44症例との間の褥瘡発生リスクスケール (Braden ScaleおよびOHスケール) およびいくつかのスケール因子を分析したところ、重度認知障害者で有意に危険性が高かった。また仙骨部難治性褥瘡の治癒を促進するために、殿筋萎縮による陥凹部へクッション類を補塡し、治癒促進に有効な結果が得られた。

キーワード:認知障害と褥瘡、リスクスケール (Braden、OH)、亀甲型プチプチクッション、蛤型モッチークッション、ジェルクッション

はじめに

 日本褥瘡学会第15回学術集会にあたり、田中マキ子会長より「認知機能障害のある高齢者の褥瘡」という内容について教育講演をするようご依頼があった。日常、高齢者の褥瘡に関わってきたが、このご依頼により、意識障害、認知障害と褥瘡との関係を明らかにすることは誠に重要であることに気付き、このむずかしいテーマに取り組み、同学術集会において、自験例を基に講演した。今回、講演内容を充実して学会誌に投稿した。

1. 症例分析

 褥瘡を発生している認知障害をもつ高齢者の多くは脳梗塞や脳出血などによる意識障害や神経障害を併発している。意識障害や神経障害は認知障害よりも褥瘡発生リスクを高くする要因になっていると考えられる。したがって、意識障害や麻痺のある症例および軽度認知障害がある症例を除外し、認知機能正常者群と重度認知障害者群との間の発生場所、褥瘡発生リスクなどにおける有意差をみることにより、はじめて認知障害による褥瘡への影響が分かると考え、両群を比較した。

2. 褥瘡予防と褥瘡改善促進へ向けたクッション使用

 1.の分析により、重度認知障害者群での褥瘡発生リスクを高くしている要因を明確化し、その一つ一つのリスク要因に適切に対応する方法を考えれば、認知障害をもつ方の褥瘡発生予防や褥瘡改善促進に役立つと考える。仙骨の異常突出は、仙骨部褥瘡の主たる発生要因であり、認知障害が高度になれば高度化する (1.の分析結果)。そこで、殿筋萎縮による陥凹部を各種のクッションで補塡する試みを続けてきた。その効果を報告する。

対象

 著者は1997年3月より褥瘡の治療を開始したが、当初は今回の分析に耐えうる正確なデータを残していないため、分析対象は、2002年から2012年の11年間に青葉病院、関越病院、三軒茶屋第一病院でケアをした自験例のうち、褥瘡部位や局所評価、ブレーデンスケールやOHスケール、血液検査値、経過の記録などが正確に記録された1243症例を用いた。
表1のように、意識障害の程度をJapanese Coma Scale (JCS) を参考に4段階に分け、また、認知障害の程度を「痴呆性老人の日常生活自立度判定基準」に準じて分け、高度と中等度を重度認知障害としてまとめた。

表1 意識障害と認知障害の分類
表1

分析方法

1) 意識障害の程度により、褥瘡発生部位に差異があるかを1243症例で検討する。
2) 褥瘡を保有する意識正常な384症例のうち、認知機能正常者340症例と重度認知機能重度障害者44症例との間に、褥瘡発生部位に差異があるかを検討する。
3) 上記384症例のうち、Braden Scaleが正確に記録された認知機能正常者183症例と重度認知障害者38症例との間のBraden Scaleの合計点、および各要素についての有意差をt検定により検討する。
4) 上記384症例のうち、OH Scaleが正確に記録された認知機能正常者324症例と重度認知障害者40症例との間のOH Scaleの合計点、および各要素についての有意差をt検定により検討する。
5) 仙骨部褥瘡の主たる発生要因の仙骨異常突出は、殿筋の廃用萎縮により起きる。そこで殿筋萎縮による陥凹部にクッションを貼付し、仙骨異常突出の悪影響を軽減する対応を継続してきた。その有効性をt検定により検討する。

結果

1. 分析結果

1) 認知障害の有無に関係なく、全1243症例を意識障害の程度で4群に分け、各群症例数に対する褥瘡発生部位数、すなわち発生率を図1に示す。平均して褥瘡約2箇所が一人の症例に発生している。

図1
図1 意識障害の程度による褥瘡発生部位の特徴 (認知障害の程度は問わない)
2002/1~2012/12 自験例1243症例の分析

仙骨部は一番発生率が高いが、これを含め全ての部位で、意識正常者と意識障害者各群との間に有意差を認めない。頭部顔面では医原性圧迫潰瘍が多く、意識障害が重いほど発生率が高く見え、逆に、下腿以下は、意識障害が軽いほど高くなっている。しかしいずれも有意差は認められていない。
2) 意識正常な褥瘡保有者のうち、認知機能正常者群340症例と重度認知障害者群44症例との間の褥瘡発生部位別発生率を図2に示す。どの部位にも有意差は認められなかった。踵は重度認知障害者群に発生率が高いように見えるが、有意差はない。

図2
図2 褥瘡を保有する意識正常者384症例
認知機能正常者と重度 (高度+中程度) 障害者との比較
褥瘡発生部位の比較

3) 意識正常な褥瘡保有者のうち、認知機能正常者群 (以下正常群) 183症例と重度認知障害者群 (以下重度群) 38症例との間でブレーデンスケール合計点を比較すると、図3に示すように、危険率1%以下で有意差をもって重度群が低値を示し、褥瘡発生リスクが有意に高いことが認められた。

図3
図3 Braden Scale
意識が清明な褥瘡保有者

ブレーデンスケールの各要因では、図4に示すように、危険率1%以下の有意差をもって重度群が低値を示したのは、「認知と知覚」、「活動性」、「可動性」、「摩擦とずれ」の4要因であった。

図4
図4 認知障害の有無と褥瘡発生リスク要因の有意差
Braden Scale の要因

4) OHスケールの合計点では、図5のように、重度群が正常群に対し、1%以下の危険率で有意に高い数値を示し、褥瘡発生リスクが高いことを示した。

図5
図5 OH Scale

OHスケールの各要素では、図6のように、骨突出、自力体位変換は危険率1%以下で、関節拘縮は危険率5%以下で、重度群が正常群に比し有意に点数が高く、褥瘡発生危険度が高いことが分かった。

図6
図6 認知障害の有無と褥瘡発生リスク要因の有意差
OH Scale の各要因

5) 以上の分析に対する考察
3)と4)の結果から、意識障害がない褥瘡保有者のうち、重度群の方が正常群に比し褥瘡発生リスクが高いことが分かった。なぜリスクが高くなるのかを考察した。
認知障害が進むと、認知機能正常者に比し、意欲が低下し、活動性が低下し、自力体位変換が困難な寝たきりとなり、廃用萎縮が進んで関節拘縮や骨突出が進み、骨突出部が長時間にわたって圧迫され、褥瘡が発生しやすくなる、という流れが考えられる (表2)。認知機能障害が高度になってくると、家族や介護者の積極的な支援が得られにくくなり、上記の進行が速まりやすくなると推測される。すでに発生している褥瘡では治癒が後れ、場合によっては褥瘡内褥瘡が形成されて増悪する恐れも増大する。

表2 認知障害老人の特徴
表2

これらから、認知障害者に対し褥瘡発生の予防や褥瘡治癒促進には、どのような対応が必要であるかが理解されてくる。
まず、意欲を高め、自発的活動能力を増すような対応が大切であり、それには、リハビリテーションの時間や回数を増やすこと。支援体制を整え、家族、仲間、医療者との会話を多くして心理的に明るくし、体動を多くし、食欲を増進するなどが有効と思われる。

2. 仙骨部褥瘡の発生予防と改善促進へ向けたクッション使用の有効性

 殿筋萎縮による陥凹を補塡する材料をいろいろと工夫した。
1) 2010年以来、ポリエチレンジェル (カイゲン社製) を用い、これを適当なサイズ、形にカットして貼付した所、有効な結果が得られた (文献1) が (図7)、一般家庭では入手しにくい短所がある。

図7
図7 仙骨部難治性褥瘡に対する殿筋萎縮陥凹部への補塡効果

2) 亀甲型プチプチクッション
認知障害を改善することは難しく、褥瘡予防や褥瘡治療は長期にわたる。従って、そのケアに用いる材料は、家庭でも入手が容易で、安価で、作成が容易でなければならない。
著者は2011年以降、荷物梱包の際に使用するプチプチ (bubble wrap) を用いてきた。図8のように型紙に合わせ大小の楕円にカットし、これを小さい方から大きなものへ順次粘着フィルムに10枚ほど貼り付けて積み重ねると、亀の甲型となった (図9)。これを両側の殿筋萎縮による陥凹部に貼付した (図10)。

図8
図8 亀甲型プチプチクッションの作製
No.12から順に粘着シートに貼って重ねる。

図9
図9 亀の甲型プチプチクッション
Turtle-type Bubble Wrap Cushion

図10
図10 難治性仙骨部褥瘡
殿筋萎縮部へ亀甲型プチプチクッションを充填

作成は家庭でも容易にでき、入手しやすく、また安価 (材料費10円以下) である。短所は、3日ほど使用すると空気が徐々に抜けて薄くなることである。
3) 蛤型モッチークッション
亀甲型プチプチクッション1個の作成に約20分かかり、また、3日ほどで薄くなる短所は、看護者や介護者の大きな負担となる。
そこで、人触りがよく、適切な弾力性を持ち、耐久性のあるクッションを求めていた所、竹田和博氏 (元株式会社ケープ社員、元パラマウント株式会社社員)の仲介により、株式会社カネカが開発した新素材モッチーを入手できた。貼付時に正中側になる方は薄く、外側になる方は厚くなるような蛤型がよいと考え、株式会社カネカに試作してもらった (図11)。汚染されないようラップで包み、その上をガーゼで包んでむれを防ぎ、殿部にはテープで固定した。毎日貼り直すのを原則とするが、耐久性があり、数ヶ月以上継続使用が可能である。

図11
図11 蛤型モッチークッション
株式会社カネカの新素材を活用した試作品

4) クッション補填の効果の判定方法
2010年10月からの3年間の仙骨部難治性褥瘡に対するクッション補塡の効果を分析した。ここで仙骨部難治性褥瘡としたのは、褥瘡発生後1ヶ月以上にわたりDESIGN-Rの総合点がほとんど不変または増悪した褥瘡である。その多くは、仙骨の突出が高度であったり、噴火口現象 (褥瘡の中央が陥凹し、周囲を外輪山のような尖った骨が取り囲んだ状態:2011年第13回日本褥瘡学会学術集会発表:演題073) を示し、ポケットを含めた創腔の縮小と増大を繰り返している褥瘡である。
著者は褥瘡の治癒速度について論文を発表しているが、難治性の仙骨部褥瘡に限ってDESIGN-Rの経過をまとめた文献はないので、クッション補塡の効果の判定は、「改善した褥瘡」と「不変または増悪した褥瘡」の症例数を非補塡群と補塡群の間で対比して行った。
経過の判定は、DESIGN-R合計点の変動を、その変動を見た期間 (週) で除した値で行った。1.00以上を速く改善、0.99~0.40をゆっくり改善、0.39~0.00を不変、それ以下 (マイナス) を増悪として4段階に分けた。クッション毎に各段階の症例数を百分率にして図7に示す。
各クッション使用例の数が十分ではないので、推計学的分析は各クッション間では行えない。補塡例を全て合わせて補塡群とし、非補塡群と対比した。改善 (速く+ゆっくり) した症例数と不変+増悪の症例数を、非補塡群と補塡群との間の有意差をt検定でみた。
5) 結果:クッション補填の効果
危険率1%以下で、補塡群は非補塡群に比し、改善率が高く、不変+増悪例の率が低かった。
6) 考察
認知機能の重度障害者は廃用萎縮を起こしやすく、仙骨部の褥瘡を発生しやすいので、これらのクッションを早期から使用すれば仙骨部褥瘡の発生予防にも有効と考える。認知障害の有無にかかわらず、殿筋の廃用萎縮から仙骨突出が高度になった者の仙骨部褥瘡の発生予防、難治化防止、改善促進にも有効であろう。

まとめ

 認知機能障害をもつ高齢者は、意識障害や神経障害がない場合でも、認知機能正常な高齢者に比し、褥瘡発生リスクは有意に高い。またリスクスケールの要因の多くにおいて、有意に不利であることが分かった。
認知障害が進んだ高齢者は、様々な褥瘡発生要因を保有しており、褥瘡の発生予防や褥瘡の改善促進には、リハビリテーション、家族や周囲の人々の温かい支援、栄養改善など、いろいろな対応を工夫していかなければならない。予防対策の一つとして、一番発生の多い仙骨部褥瘡の予防、改善促進に対する殿筋萎縮部へのクッション補填の有効性について報告した。

論文中に記載したモッチークッションは、(株)カネカが開発したモッチーを用いている。殿部陥凹部に適合するよう著者が工夫して蛤型とし、これを同社が無償で試作、提供してくれた。その他、本論文は日本褥瘡学会倫理規定に準拠している。

文献

1) 中條俊夫: 褥瘡の改善速度算出と各種褥瘡局所評価法の特徴, Geriatric Medicine 老年医学, 41 (6): 893-900, 2003.

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